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イエヒトVOL.5 講座4
改革は誰のため? 瑕疵問題は、問題な監理に問題があった!
イエヒト5号/家づくり講座4
改革は誰のため?
瑕疵問題は、問題な監理に問題があった!
『イエヒト』編集長 一級建築士 山中省吾
講座4は、すぐに役に立たない。だけど、おもしろい。
静かに淡々と
進んでいる改革
大改革が淡々と進んでいる。建築業界にとって、天と地をひっくり返すほどの大改革が、そんなに反対もなく進んでいる。
これまでは、一級建築士の資格ですべての建物の設計・監理ができたけど、新たに構造建築士と設備建築士をつくり、一級建築士の範囲が限定されるのだ。
こういう案は以前からあったが、業界の猛反発で実現できなかった。それなのに、なぜか今回は、静かに進んでいる。
そしてもうひとつの目玉。住宅取得者が泣きをみないよう、建築業者や販売業者は、すべての新築住宅に供託金を積むか、あるいは保険に入らなければならない。
これも、業界の目立った反対もなく、すんなり成立した。すんなりどころか、積極的に受け入れる動きさえあった。あとは来年秋の施行を待つばかりである。
不思議だ。反対しろと煽るわけではないが、建築業界をひっくり返すほどの大改革であるのに、あまりにも静かに進んでいる。だから、よけい確かめたくなった。
国土交通省を取材
奥の手は通じない
で、確かめに行ったのである。ゴールデンウィークの谷間、帰省客とは逆方向の、霞が関へ。
国交省の中は、むかし見学した新聞社のようだった。机の上もその周りも、そこら中、書類の山。そして、あちこちで協議中。
私と武藤副編集長が案内されたのは、資料室の一角。やっと打合せができるほどの狭いスペースで、「すみません、こんなところで」と、恐縮そうに応対してくれたのは、私よりもずっと若い二人。ひとりは課長補佐で、もうひとりは係長。
二人とも、30歳前後に見えた。きっとキャリアなのだろう。やがて彼らが中心となって、建築行政を動かす日がくるかもしれない。
私の事前のリクエストに応えて、「住宅瑕疵担保履行法」と「長期優良住宅促進法」の立案・作成に直接かかわった二人が、わざわざ時間を割いて待っていてくれた。
詳しい内容は後で説明するとして、国交省の取材は、この日だけでは終わらなかった。なぜなら、いつもの「奥の手」が通じなかったからである。もういちどアポをとって出直すことになった。
地方ゆえの大変さ
地方ゆえの有利さ
少し脇道にそれるが、『イエヒト』は、鳥取県でつくっている。雑誌業界ではまれなケースだとは思っていたが、思っていた以上にまれだった。
地方にも、地方限定の雑誌はある。しかし、地方から全国に発行している雑誌は、そんなにはない。当然、鳥取県にはないと思っていた。
ところが、鳥取県どころの話ではなかった。全国雑誌を発行している出版社は、ほとんど首都圏に集中している。それ以外では、関西圏に2〜3社あるかないかだという。鳥取県云々のレベルではなかった。
地方は不便だろう、とよく言われる。確かに不便だ。全国どこへ行くにも羽田経由。悲しいかな、米子空港からは、羽田と、名古屋便しか飛んでいない。(隠岐島とソウルは別として)
でも、地方ならではのいいこともある。例えば、このように。
「どこから来たの?」
「米子からです」
「島根県ですよね?」
「いいえ、鳥取県です」
「鳥取県は島根県の西?」
と、どうでもいいことが話題になり、「よく来たね」って、親切に扱われる。いつだったか、某商社を訪問したときも。
「アポとらなきゃだめです」と、つっけんどんな応対だったが、
「でも、米子から来たもので…」と、奥の手を使ったら、
「米子から? そりゃあ出直すのも大変だ。まあお座り」と、特別扱いで応接室に通された。
だが、いつもの奥の手は、国交省では通じなかった。
守備範囲内は詳しいが
守備範囲外は分からない
国交省の取材で気が付いた。
一連の法改正は、すべて耐震偽装事件に端を発しているが、ひとつだけ違うものがある。それは「長期優良住宅促進法」である。
この法律は、自民党の政務調査会を中心に「200年住宅構想」として案を練ってきた。耐震偽装問題とは関係なく、住居と豊かな生活の関係性に着目して生まれた法律である。
したがって、ここではいったん「長期優良住宅促進法」を外して話を進める。
さて、国交省の取材では「住宅瑕疵担保履行法」について、指定保険法人の検査と建築士の監理の違いについて質問した。
すると、瑕疵保証に関する指定保険法人の検査は自分の守備範囲だからと、丁寧に答えてくれた。しかし、建築士の監理の現状については守備範囲外、建築指導課で聞いてほしいと言う。
こんなに優秀な人だから、守備範囲外のことにも精通していると思うのだが、答えてくれない。範囲外は答えないことにしているのか、あるいは本当に知らないのか、それは分からない。
そういえば、最初の取材依頼に「改正の全体像について」という質問を書いて提出したら、その質問には、すべての課の専門官を揃えなければ答えることができない、と返ってきた。
なるほど、こういうことか。国交省の取材は大変だ。いろんな課をまわらなければ、取材の目的は達成できない。そして、別の部署を取材するには、アポを取り直さなければならなかった。
耐震偽装事件を教訓に
住宅瑕疵担保履行法が成立
耐震偽装事件は、平成17年11月17日の夕方、国交省の衝撃的な記者会見を受けて、マスコミが一斉に報道した。国民の関心は一気に高まり、以後、その年の暮まで話題を独占した。
あれは、ひとりの建築士が自分の裁量で起こした事件なのか? それとも、マンション業者やゼネコンも関与した事件なのか? あるいは、建築業界全体に蔓延する根の深い事件なのか?
新たな事実が公表される度に、国民の興味はそそられ、本当のワルは誰某だ、いや黒幕はあいつだと、にわか評論家や推理作家もどきまで生まれた。
事件の真相はともかく、販売したヒューザーも工事を請け負った木村建設も倒産し、結果的に偽装マンションの購入者は極めて不安定な状態に置かれた。
この事件を重視した国交省は、建築行政、建築士制度、消費者保護、という3つの観点で問題点を検討し、やがて確認審査の強化、構造建築士・設備建築士の創設、瑕疵責任を果たすための資力の確保等の方針が打ち出され、建築基準法、建築士法等が改正された。
「住宅瑕疵担保履行法」が成立し公布されたのは平成19年。住宅瑕疵担保責任保険法人の指定や特別紛争処理体制の整備については、平成20年4月1日に施行され、新築住宅の売り主等の資力の確保の義務付けについては、平成21年10月1日に施行される。
住宅取得者を
供託金か保険金で守る
耐震偽装事件に遡ること6年、平成11年に「住宅の品質確保の促進等に関する法律」(品確法)が成立した。品確法の骨子は、それまで民法で2年間だった業者の瑕疵担保責任を、10年間と定めたことだった。
ところが、耐震偽装事件では、瑕疵担保責任を果たすべき売り主のヒューザーが倒産し、購入者が泣きをみた。品確法で定めた10年間の瑕疵担保責任が、いざ大事件が起きると実行性を欠いていた。
そこで、マンションの販売業者等が瑕疵担保責任を果たせるよう「資力の確保」を義務付けた、というのが「住宅瑕疵担保履行法」なのである。
資力の確保として、倒産しても責任を果たすという観点から「保険に加入」あるいは「供託金を積む」という方法が採用された。
素晴らしい! これからは、たとえ欠陥住宅を掴まされても、泣きをみることはない。保険金か供託金で直してもらえるのだ!
と単純に喜ぶのは早計で、昔からうまい話には裏がある、と言うではないか。そこで疑問点を検証してみるのも無駄ではあるまい。
使い方を誤れば
毒にも薬にもなる
よく考えてみると、こんな疑問が湧いた。
なぜ住宅だけが守られるのだろうか? 工場や店舗も守られてもいいのに。それから、車も。
ふつう保険金は、故意や悪意の事故には出ない。だけど、耐震偽装事件のように、あきらかに悪意・故意から生じた瑕疵にも、保険金が出るのだろうか?
保険法人に、年間で百万戸を超える住宅の検査ができるのだろうか? だいいち、建築の専門家を確保できるのだろうか?
ハウスメーカーや工務店の中には、どうせ保険で補てんされるからと、品質管理を疎かに考えるところが出るのではないか?
保険法人の現場検査と、建築士の監理は、どのように違うのだろうか?
それに、もしかしたら、こんな広告だって流れるかもしれない。「○○ハウスは○○保険法人の検査に合格しているから、安心!」なんてね。本当に安心なんだろうか?
ひとつ疑問が湧くと、他の疑問も次々と湧いた。
住宅の取得者を守るため、という目的でつくられた法律でも、誤って運用されたら大変だ。それと、思い切った改革は、いくら検討し尽したようでも、現場に持っていくと予期せぬ混乱を招くこともある。慎重に、慎重に。
指定保険法人の検査は
生命保険の健康診断?
保険法人の検査と建築士の監理はどのように違うか? 国交省の取材で質問した。すると、明快に答えてくれた。
保険法人の検査と建築士の監理は、まったく別である。前者は保険法人のリスクを減らすための検査であり、後者は設計図書と施工を照合するためのものであると。
この回答に安心した。というのは、建築士の監理はあてにならないから、これからはより中立性の高い保険法人の検査を優先する、という流れになるのではないかと秘かに心配していたからである。
保険法人の検査を分かりやすく例えると、こういうことだ。
生命保険に加入する時、医師の健康診断を必要とするが、保険法人の現場検査もそれと同じようなものである。
医師の健康診断を受けて生命保険に加入したとしても、それで健康が担保されたとは、誰も思わない。「この人、どうみても病気。顔色めちゃ悪いし、咳き込んでる」という誰にも分かるリスクを排除するための診断である。
保険法人の現場検査も、僅か3回程度の現場検査で建物に瑕疵が無いと言えるはずもない。「どうみてもこの建物、怪しい。基礎の鉄筋がむちゃくちゃ」という誰でも分かるリスクを回避するための検査である。
だから、もし「○○ハウスは○○保険法人の検査を受けているから安心!」なんてCMが流れたら、「あんたの会社、ふだんどんな品質管理してんの!」と、逆に疑わなければならない。
故意や悪意の事故は
国交省指定の保険法人が
医師の健康診断を受けて保険に加入しても病気になるときはなるし、保険法人の検査を受けた建物でも瑕疵が出るときは出る。
しかし、保険金目当ての殺人に保険金が支払われることがないように、故意や悪意で生じた耐震偽装の瑕疵に、保険金が支払われることもないのではないか?
その通りである。故意や悪意で生じた事故に、保険金は支払われない。もし支払われるなら、加入者はいくらでも金儲けができるし、保険会社は、あっという間に倒産するだろう。
ところが、「住宅瑕疵担保履行法」では、故意や悪意で生じた瑕疵にも、保険金が支払われる。これまでの保険の常識を覆す画期的な保険である。
そうでなければ、耐震偽装事件の教訓(住宅取得者を救う)から生まれた改革とはいえなくなる。
倒産覚悟のリスクを背負ってまで、よく保険会社が引き受けたものと驚くかもしれないが、じつは、どこも引き受けてはいない。
故意や悪意から生じた瑕疵のリスクを背負うのは、新たに国交省が認定する「住宅瑕疵担保責任保険法人」なのである。
誰がどのように検査を行うか
生命保険の加入時に受ける健康診断は、「誰が見てもあきらかに病気」という人を排除するためとはいえ、診断するのはやはり医師でなければならない。
同じように、瑕疵保険の加入時に、「誰が見てもあきらかに施工がずさん」という建物を排除するための検査も、やはり建築士でなければならないだろう。
新たに認可される責任保険法人は、年間百万戸もの新築住宅の検査員(おそらく建築士)を、いったいどこから集めるのだろうか。
施工会社の現場監督が責任保険法人に雇われて検査するのは、なんだかややこしい関係になりそうだし、かといって設計事務所から出向するのも、しっくりこない。
それに、建築基準法や建築士法では監理を義務付けているから、建築士が厳密に監理して、膨大な記録を残している現場だって当然ある。
法で義務づけられた建築士による監理記録を提出しても、責任保険法人に雇われた検査員の検査でないと、やはり通用しないのではないかと思ったが、じつはそうなりそうだ。
法で定められた監理が
ないがしろに
耐震偽装事件を発端に、確認審査が強化された。そして、構造建築士や設備建築士ができた。それでも防げない瑕疵は、「住宅瑕疵担保履行法」で救う。
流れはできた。確認審査と新たな建築士制度は、着工前の強化であり、「住宅瑕疵担保履行法」は、工事が完成してからの備えである。
だけど、何かが足りない。頭と尻尾は変えたが、肝心の胴体がそのままである。
胴体とは監理業務。いくら厳密に設計図面と構造計算書を審査しても、工事現場でその通りにつくられなければ、意味がない。そして、意味がないものを新たな法律で救おうとしても意味がない。
設計図面の通りに施工が行われているか照合する作業が、監理である。監理は、確認審査の強化と同じくらい重要である。というより、確認審査も監理も、どちらが欠けても、建物の品質を確保することはできない。
こう思った私は質問をした。
「今回の改正で、確認審査は強化された。瑕疵担保責任も強化された。では、監理はどのように強化されたのか?」
その回答は? というところまできて、「アポの取り直し」となったのである。ここで取材はいったん打ち切りとなった。したがって、このレポートもいったん打ち切りである。次回をお楽しみに。
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