高齢者住宅の常識を疑え
今回話をうかがった本間貴史さんは、テレビ朝日系列の「大改造!!劇的ビフォーアフター」に「匠」として出演した経験をもつ。番組では「光の魔術師」や「自然素材の伝道師」といった陳腐な形容詞が匠なる建築家にふられているが、これはその建築家の一得意分野に過ぎない。住まい手と物件に寄り添った個別対応を高いレベルで具現化し、家族の悩みを解決する。これこそが匠、すなわち建築家の真髄であり、そこに住まい手のニーズがある。その基本姿勢と個別対応の一例を本間さんに学ぶ。
万人向けのバリアフリー住宅はありえない
「高齢者といっても、背の高い人、低い人、腰の曲がった人・・・とさまざま。だから、高齢者住宅というくくり方は無意味ですし、万人向けのバリアフリー住宅はありえないと思っています。老いや障害も“個性”と見るべきなのではないでしょうか」と話す。 住宅の設計時に「まず、住まい手の夢や生き方を聞く」という。夢や生き方を反映した住まいづくり―これが基本姿勢だ。「高齢者住宅だから、バリアフリー住宅だからという理由で、機能性だけを優先させるのはおかしい。そもそも、高齢者や身障者を特別だと考えることこそが“バリア”のあらわれです。私は住まい手の年齢や身体機能によって設計手法を変えるということはしませんし、その必要もないと思っています。丹念に個性を分析すれば特別なノウハウはいらないのです」。
「旧建設省が平成7年に出した『長寿社会対応住宅設計指針』。われわれはこれを『マニュアル』と呼びますが、この指針を守っていれば間違いない、と思っているのは間違いです」。 最近では、13年に国土交通省から出された「高齢者が居住する住宅の設計に係る指針」も、前出の「マニュアル」と同様に、手すりや段差の高さ、居室面積・仕様など具体的な数値を示したもの。これを参考にしている設計・施工者の多いはずだ。 「マニュアルは最低限の基準であって、万人向けの仕様書ではありません。住宅に限っていえば、マニュアルの存在がかえって“バリア”になることもありうるでしょう」。たとえば、「段差ひとつとっても身体状況やその人の住まい方によって、段差を完全に解消しなければならない場合もあれば、膝や腰に負担がかからないように段差を必要とする場合もある。何のための段差なのか、手すりなのか、を住まい手に合わせてひとつずつ考えていく―これに尽きると思います」。 「“こうでなければならない”ではなく、“こうするのが理想”という発想が大切なのでは」。
マニュアルは最低限の基準。万人向けの仕様書ではない 当たり前とされていることが逆にバリアになる可能性
「マニュアル」だけでなく、住宅業界で「当たり前」とされていることが住まい手の“バリア”となることもある。本間さんは、こうした業界常識に疑問を投げかける。 老人室(介護室)は、住宅の奥に配置されることが多い。これは、老人室はトイレの近くが好ましい、生活騒音からなるべく遠ざけ静かな環境を優先させるべき、という認識が一般化しているため。「こうした常識をくつがえして、老人室を中心に配した住まいを実際に設計したことがあります」。この住宅は、玄関を入ると目の前に老人室が設けられており、どの部屋とも接するつくりになっている。「あえて玄関と対面させ来客や家族の行き来を感じさせることで、刺激を感じ老化を抑えるのがねらいです」。 さらに、コンセントやスイッチの位置にまで配慮を徹底。「何も指定しないとたいていの場合、高すぎる位置にスイッチが、低すぎる位置にコンセントがつけられる。“普通”とされている高さがあるんですね。高さが合わないとプラグの抜き差しは意外と力のいる作業です」。このため、本間さんは必ず住まい手にコンセントとスイッチの高さを決めてもらう。「おもしろいことに、体調によって最適な位置は変わるようで、2回は確認することにしています」。腰の曲がった高齢者や車椅子利用者でも使いやすい一例は、コンセントが床上50cm、スイッチが90p程度の位置だという。
「バリアフリー住宅の事例を調査していると、段差を階段昇降機で安易に解決していたり、手すりがいたる所ついていたり・・・と、まるで病院のようなものが多い。“ものでも洗うような”浴室もあったりして、人の尊厳やプライバシーを無視しているなと感じます」。住まい手が高齢者でも身障者でも「住まいである以上快適性が最重要視されるべきだ」という考えだ。 「高齢者対応とうたわれる市販の手すりなどは、樹脂製であることが多く機能性一辺倒」といい、これを解消するため「住宅のデザインに溶け込むよう建具の引き手と揃いの木製手すりを特注するなど、機能性があれば十分とされてきたものを“されげなく”配置しようと心がけています」。 また、加齢による身体機能の低下や、身体状況の変化に対応することも忘れない。「身体機能に応じて手すりの位置を変えるのは自然の流れ」とし、あらかじめ、手すりが移動するであろう位置まで壁下地に合板施工を指示しておく。最近は、長期的なライフスタイルの変化に対応できるよう、スケルトン・インフィル(SI)の考え方を積極的に採用している。
身体機能低下や状況変化に対応できるSI住宅を採用 設計期間は6ヵ月。調査を徹底し話合いを繰り返す
本間さんが「リフォームの匠」として出演したテレビ番組「大改造!!劇的ビフォーアフター」がそうであるように、建築家の再評価が進んでいる。高齢化が加速するなかで、建築家が担う役割とは何か―。 「建築家や設計事務所は、住まい手の代理人といえるかもしれません」。本間さんは、一般の住まい手が建築家への認識を変えつつある、と指摘する。これまでの認識は、「建築家=自己満足なデザインを押し付ける人」だったのが、最も住まい手に寄り添う「代理人」へと変化している、と。 「私たちの場合、住まいの悩み・夢・希望を聞き、近隣の調査をし、検討・話し合いを繰り返しながらの設計作業に最低でも6ヶ月の期間をいただいています。ハウスメーカーや設計・施工一体型の住宅会社では、設計者が住まい手と面識もなく、景観調査もなく設計することが多々ありますが、これでは信頼関係を結べないばかりか、住まい手の望む住宅はできません」。 住まい手の話をじっくり聞き、施工する側の事情を一切排除して住まい手のメリットだけを最優先させる。この一貫した姿勢こそが、高齢者に限らず、住まい手の求める家づくりなのかもしれない。