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第5章 |
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オープンシステムがもたらしたもの |
用途 酒類量販店A 構造 木造平屋建て 規模 延べ床面積500u 建設場所 鳥取県米子市 完成 1993年6月
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93年7月、酒類量販店Aが私達の新しい試みによって完成した。消費者は今の価格にけっして 満足していない。良い品を安く、言い換えれば商品の価値に値する適正な価格で手に入れることを 望んでいる。
この建物の発注者は酒類の流通に挑戦して、消費者の要望に答えようとした。私達建築設計者もまた、 建築の多重下請け構造という仕組みに挑戦して、発注者の要望に答えようとした。奇しくも、この建物 がオープンシステムの第1号となった。
流通業界には、メーカー→問屋→小売店→消費者という流れがある。建築業界には、下請け会社→ 元請け会社→発注者という構図がある。当初私達の最大の関心事は、既存の請負方式によって生じている 大きな無駄をいかに省くか、という点にあった。この建物は建築工事の各セクションを担当する15の 専門工事会社に分離発注して、工事を完成させた。
積もり参加の呼びかけは、各専門工事会社を訪問して私達の趣旨や方式を説明してまわった。この方式 を理解してもらうことに、そうとうの労力を必要とした。賛同を得られたところから、各業種ごとに 2〜3社づつ参加してもらった。工務店には声をかけなかったが、参加希望が1社あり、拒む必要も無い ので参加してもらった。
最終的に決定した各専門工事会社の金額と、その時に工務店が提出した見積もり金額の比較を示す。 合計金額を比較しやすくしたため、( )内の金額は合計額に加えていない。設計料200万円、 工程管理料200万円の計400万円が私達の業務報酬料。どの程度の業務が発生するのかという データをとる必要があったことに加えて、私達にとっては実験的にさせていただくということもあり、 かなり安く設定した。600万円位が適正かと思う。
事例1 酒の量販店の専門工事会社と工務店の見積もり金額の比較 項 目 専門工事会社 工務店 仮設工事 62万円 417万円 基礎工事 380万円 600万円 木工事 1,566万円 1,490万円 板金工事 470万円 866万円 左官工事 26万円 47万円 防水工事 48万円 92万円 金属製建具工事 245万円 340万円 木製建具工事 55万円 178万円 内装工事 51万円 25万円 塗装工事 99万円 150万円 住設機器 29万円 33万円 電気設備工事 500万円 558万円 給排水設備工事 123万円 150万円 空調設備工事 (386万円) 別途工事 設計料 (200万円) 工程管理料 200万円 諸経費 340万円 計 3,854万円 5,286万円
上記以外にかかった費用として、仮設光熱費、仮設トイレ汲み取り料、給水負担金、工事期間中損害 保険料の計10万円程度。工事期間中の掃除、完成時の美装は現場があまり汚れなかったので、発注者と 事務所のスタッフが行った。その分当初の予算より約20万円費用が浮いた。現場で発生したゴミは、 各専門工事会社が責任をもって持ち帰る約束だったが、結果的にはうまくいかず、2トン車1台分の ゴミ処理が必要になった。
木造の大きな空間をローコストで、というのがコンセプトであった。この目的が本当の意味で達成 されたのか、ということについては、まだ結論が出せない。この業界には、ローコストに繋がる未解決 の要因が、まだ数多く残されているような気がする。
それはともかく、いままでの建築設計事務所としての感覚からは、驚くほどのローコスト建築であり、 工務店の見積もりと比べても、かなり安くなっているのは事実である。それにしても、5,286万円から 3,854万円を差し引いた1,432万円が、工務店の利益として、各項目の中に隠されているとは 信じがたく思う。そこで、考えられそうな他の要因を推論してみた。
1) ローコストに結びつく設計上の工夫を盛り込んだが、工務店の 技術者が設計の意図を専門工事会社に伝える際に、充分理解されていなかったのではないか。従って、 いままでのように材工共の感覚で、単純に積算数量×単価を集計しただけではないか。 2) 工務店は下請け会、協力会といった専門工事会社のグループから 見積もりをとっている。このように外注先が固定化され、価格競争が生じにくい中での見積もりは、 実勢価格が反映されていない部分があるのではないか。
というようなことが考えられるが、あるいは本当に高コスト体質になってしまった為、 多くの経費を必要とするのだろうか。
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用途 個人住宅 構造 木造2階建 規模 延べ床面積 219u 建設場所 鳥取県米子市 94年12月 O氏が来社。オープンシステムについて詳しい説明を聞きたいとう。 私の事務所のことは、自宅と共同 住宅を建てた知人から聞いて、興味を持った。また、設計事務所とじっくりプランを練るほうが、きっといいものが出来るのだろうが、費用が高くつくだろうと思い迷ってた。という話だった。 建設業界の仕組み、いわゆる多重下請け構造の中で、いかに無駄な費用が出費されているかを説明し、私の事務所が取り組んでいることや、考え方に対して理解を求めた。
95年1月 O氏と建築士業務委託契約を交わす。オープンシステムによる10件目の建物である。契約書の中には、工事発注代行業務、工程管理業務、さらに工事費予定価格が盛り込まれている。業務報酬料は280万円。(最近はこの程度の建物で、350万円位) 95年2月 基本設計が完了。模型を作って基本設計の内容を再検討。模型の縮尺は50分の1。間仕切りや建具がはめてあり、屋根を外すと内部を見ることができる。外観のイメージ、動線、風の通り道、光の入り具合等を、O氏の家族と共に検討。計画案(図面)ではよく解らなかったことが、模型を通して初めて解ることもあったらしく、この段階でけっこういろんな意見が飛び出す。手間は掛かるが、けっして無駄ではない。現場での変更による手戻りを考えると、充分元はとれてる。 95年3月 実施設計者自身が見積もり、専門工事会社の選定、工程管理をすることが前提なので、実施設計はあくまでも実用的な図面、計25枚。30〜40社の専門工事会社が、見積に参加してくるので、同じ条件で見積もりが出来なければならない。また、現場で施工図を描かせて検討、などという考えは無い。
95年4月 見積もり開始。仮設工事、基礎工事、屋根工事・・・と各業種毎に、専門工事会社2〜3社に声を掛け、見積に参加してもらう。原則として、最も低い金額を提示した会社と内容を再検討し、採用する。実勢単価の把握、これが設計事務所にとって、いちばん自信がない分野かもしれない。 建築主の委託を受けて、設計事務所が業者を選定し、工事を発注する権限を持たないと、専門工事会社はけっして突っ込んだ金額を提示してこない。 実勢金額は市販の積算資料や設計見積りでは、けっして把握出来ないのである。 専門工事会社が自由な競争のもとで、本気で勝負をしてくる状況でのデータが必要である。 全国各地からこのようなデータがある程度集まれば、毎回専門工事会社から見積もる必要は無く、設計者が金額を査定する、ということが可能になる。 95年5月 O氏と各専門工事会社が、工事請負契約を交わす。価格交渉、VE提案を検討して決定した、各専門工事会社の金額、支払日、振り込み先の一覧と工事工程表を作成して、O氏の承認をいただき、各専門工事会社毎に工事請負契約書を作成。 契約した専門工事会社の数は13社。 ほとんどの会社が、この日初めてO氏と顔を会わせた。 従って「塗装工事の○○です。この度はよろしくお願いします。」というようなあいさつが一社づつ交わされた。 普通、建築主と専門工事会社がコミュニケーションをとるという機会があまり無い。 尚、あらかじめ見積もることが難しい項目、例えば現場で発生するゴミの処理費用、仮設光熱費等は推定金額を予備費として計上し、後に実費清算た。工事期間中の保険は、建築主と損保が契約。普段は下請けの専門工事会社が、このときは全て元請け会社なので、労災保険は各々の会社が加入。 95年5月 工事着工。 設計者が工事工程表に則って、各専門工事会社と連携を取りながら、工事の工程を管理する、とはいっても、一日中現場に張り付いているわけではない。日常の設計監理業務の延長で考えられる範疇、と思ってよい。打ち合わせの相手が工務店の現場監督か、専門工事会社の職人かの違いはあるが。 計画、設計段階で、建築主とかなり密に打ち合わせ、検討をしてきたので、現場での変更はほとんど無かった。 95年11月 工事完成。 建築士業務委託契約を交わしてから約300日。 担当の設計者は、設計中や監理中の物件を、常時3〜4件抱えている。この住宅の設計監理、見積り査定、業者選定、工程管理等に要した建築士の業務人日数は、延べ120人位。結果から逆算すると、業務報酬料はけっして高くはない。 しかし、私の事務所にとって、建築主から必要とされている、という確かな実感が持て、さらに、新しい分野を切り開いていくことが出来る、という可能性までいただいた。
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この建物の第1期工事は、設計コンペ方式を採用し、工事予定価格を大幅に上回った。幸い順調に 来場者の増加が見込まれ、すぐ増築が必要にった。増築工事ではなんとか投資額を抑えたかったので、 私達の事務所に声が掛かかった。
工事は発注者の意向で、タイプ2が採用された。米子市、淀江町の総合建設会社約100社、 専門工事会社約300社に、ファックスで発注説明会の案内を送り、見積もり参加の意志は、発注 説明会参加後に各業者が判断した。
最終的に総合建設会社33社、専門工事会社58社が見積もりに参加した。見積もり書は山中設計まで 郵送とし、開封は発注者の立ち会いのもとに行った。コストダウン効果がどの程度発揮されるかが、 関係者最大の関心事だった。
参考内訳明細書の単価の根拠としたのは、従来の公共工事と同じように、鳥取県建築士事務所協会作成 の建築工事積算単価表、歩掛表によった。見積もり参加業者には、積算数量が入り、単価を伏せた明細書 を渡した。それぞれの業者が同じ積算数量をはじき出す労力の無駄を考慮した。
最終的に決定した業者の工事金額と、参考内訳明細書の金額を示す。
事例3 集会施設の決定工事金額と参考内訳金額の比較(単位円)
項 目 決定金額 参考内訳金額 仮設工事 749,510 1,094,154 土工事 723,274 722,764 コンクリート工事 1,190,665 1,369,260 鉄筋工事 336,750 310,172 鉄骨工事 3,226,750 4,489,123 防水工事 119,550 209,110 タイル工事 127,500 138,722 木工事 4,291,040 3,212,475 屋根外壁工事 4,163,260 3,908,544 金属工事 1,345,840 1,724,789 左官工事 929,450 1,380,633 木製建具工事 1,370,200 2,417,000 金属建具工事 1,312,000 1,355,000 塗装工事 774,950 959,602 内装工事 3,112,019 3,325,141 厨房機器 587,200 915,000 家具工事 230,000 145,000 電気設備工事 3,800,000 6,153,870 機械設備工事 7,000,000 9,685,400 諸経費 2,414,873 9,808,911 合 計 37,814,871 53,324,670
95年度の建築土木の市場規模は83兆円。そのうち政府建設投資、いわゆる公共工事は38兆円 あった。ゼネコン疑惑が世の中を騒がし、公共工事における談合問題が指摘されたことは、まだ記憶に 新しいが、長年続けてきた指名競争入札に代わる新しい方式は、なかなか実行されない。
このようなとき、幸運にも公的な工事の発注業務まで含めた、設計監理の仕事をさせていただく機会 を得た。公共工事、即ち税金によって建てられる建物こそ、本当の適正価格が追求されるべきではない だろうか。民間工事では節約というきわめて常識的な意識が、公共工事においては働きにくいのが 現実である。建築業界の近代化がはかれない要因のひとつは、この辺にあるのかもしれない。
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