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第2章
オープンシステムを実行するに至った動機
第2章
オープンシステムを実行するに至った動機
@ある工事の体験 レストラン改造工事
それでは建築革命〜オープンシステムを実行するに至った具体的な工事体験の話しをする。
92年春、レストランEの改装工事の設計を受託した。それまで私の事務所は、ごく一般的な他の設計事務所と同じスタイルをとっていた。このレストランの改装工事も、今までと同じ様に出来上がった設計図面に基づいて、どこかの工務店から見積もりをとって、金額が折り合えば発注される予定だった。
飲食関係の工事にはよくあることだが、開店の日から逆算して設計や工事の工程を組む。その結果、時にはかなり無理な工程を組まざるを得ないことが生じる。この現場もそうなった。工期が30日間しかとれなかった。それに対して、見積もりを依頼した工務店から、最低でも工期は60日間必要であり、発注者に工期延長をお願いできないだろうか、という申し出があった。ここに至るまで、私達は計画段階から毎日のよに発注者と打ち合わせを重ねてきた。開店の日を延ばすことは出来ないと思ったが、案の定、工期延長は認められなかった。
さて、それではどうするか、ということになった。レストランのオーナーから、「山中さん、何とかなりませんか」と。「社長、出来ないと言っている工務店に頭を下げて頼む事はありません。断りましょう。そのかわり私の知り合いの大工さんや、左官さん、塗装屋さん、内装屋さん、電気、水道工事等の会社に頼んで、職人を集めてあげます。私が責任をもって、工事を完成させてあげましょう」という成り行きになった。いわゆる完全分離発注方式である。私は技術者としての勘で、充分可能であるという自信があった。この工事は、機動力のある大工の協力如何にかかっている。幸い知り合いに何人か大工がいた。
現場での陣頭指揮は、直接私が行った。工事の工程表は各職人代表が集まって、それぞれの意見を集約してつくった。レストランの社長に「幹部社員の時間が取れるなら、出来る作業を一緒にして頂いたらどうですか。その分費用が浮きますよ。」と声を掛けたところ、早速地下足袋や軍手を買ってきて、危険を伴わない軽作業や掃除等を、レストランの社長自ら職人さん達にまじって、ワイワイガヤガヤとお祭り騒ぎの様な雰囲気で、工事がスタートした。
本来なら工事金額を決定してから、工事をスタートすべきであるが、時間的な余裕が無かったので、工事と併行してそれぞれの担当の専門工事会社と価格折衝を行い、完成時に直接発注者から支払って頂くことにした。私達事務所のスタッフは全力で取り組んだ。新しい何かが生まれるかもしれない、という期待と喜びがあった。そして、なによりも楽しかった。
実際にこの工事の体験を通して、数々の貴重な発見があった。石工事がなぜこんなに高いのか。納得がいかなかったので、この際徹底的に調べてみることにした。時間を見つけて建材店や石屋を廻り、とうとう島根県の来待というところまで、たどり着いた。石材加工店の職人と加工方法を共に考え、自然石の割ハダ仕様で当初の見積もりが120万円だったものが、30万円までコストダウンがはかれた。ただし、運搬はこちらで行うという条件で。
こんな事もあった。大工から軽トラックを借りて石を取りに行き、暗くなってから現場で荷降ろし作業をしていた。周りは飲食街。「山中さん、何をみっともないことをしとるだ。設計事務所の社長がそげなことすうだないわ」ある建設会社の社長だった。設計者として自分が出来る精一杯の事を、発注者の為に自ら汗を流す。この作業がどうしてみっともないのだろうか。人間としてこれほど尊い作業はないはずだ。少なくとも、平日の昼間からゴルフをして、夜はスナックのお姉さんとバカ話をしているよりは、はるかに建設的だ。
このような調子で、予定より2日間の余裕をもって工事は完成した。その時点で、工事にたずさわった各専門工事会社に支払うべき金額を集計したところ、当初予定していた金額の約8割ですんだ。工務店は施工のプロである。プロが不可能といった工事を、予定の工期内で完成し、しかも大幅なコストダウンにつながった。この体験が、建築革命〜オープンシステムの直接的なきっかけである。
Aきっかけは怒り 建築革命を決断
92年、私は自分の専門分野である建築の業界に革命を起こすと決意したわけであるが、あまりにも奇想天外でバカバカしく思われるかもしれない。きっかけは何か、と聞かれて一言で答えるなら、腹が立ったからである。怒りである、と答えている。この業界の仕組みに腹が立った。
日本の建築産業は多重下請構造といわれている。元請けという総合建設会社が、発注者から工事全体を一括して受注し、下請けという多くの専門工事会社を寄せ集めて外注に出し、差額を利益として吸い上げることによって成り立っている。時には丸投げといって、工事を受注した会社が、他の建設会社に工事を丸ごと外注する、というトンネル会社のような存在も現れる。
最近の出来事では、A福祉事業団が30数億円の老人ホームを建設する際に、関連のトンネル会社に受注させ、その工事を一括して他の建設会社に外注し、数億円プールしていたという事件がある。しかも工事費のほぼ全体が補助金という、私達国民の税金で賄われていた。
本来なら技術力で競うべき建設産業が、技術以外の要素、政治的な力、談合による話し合い、過剰な営業合戦、宣伝等によって競われている。これらはとても高い金額につく。まともに発注者に談合費用とか、政治家や役人への経費などとは計上出来ないので、下請け工事として外注している各専門工事会社の項目の中に、利益や経費を隠さざるを得ない。
このように建築は発注者にとって、あまりにも見えない部分が多すぎる。こういった構造が建設業界全体を歪め、発注者にとって好ましからざるさまざまな問題が発生する原因となっている。しかも発注者にはけっして気付かれないところで。
B何のために建築設計者を目指したのか
この体験を契機に、事務所内ではいろいろな意見が出た。専門工事会社がしっかりしていれば、分離発注でも工事は可能ではないか。設計者自身がもっとコスト意識を持つべきではないか。適正な価格はどうやって把握するのか。工務店抜きで、管理は本当に大丈夫か。クレームが発生したときにどう対処するのか。専門工事会社が理解し、参加してくるだろうか。業界の反発は無いだろうか。発注者の支持は受けられるだろうか等々。
結論として、事務所の人達の総意は全ての発想をあくまでも発注者の立場に置くこと、その為に設計者でなければ出来ない手法を築き上げることであり、それは、とりもなおさず、自分達は何のために建築設計者を目指したのか、を再確認することでもあった。
誰しも現状を180度変えるには、勇気がいる。今まで培ってきたものを、捨てなければならないから。発注者の立場で考えるなら、設計事務所が建築業者と利害関係を持つことは、好ましくない。今まで私の事務所も、大なり小なり建築業者と営業面で協力し合ってきた。
新しい方式を試みるに当たってまず最初に行ったことは、営業面で協力関係にあったゼネコンや工務店に私達の考え方を説明し、今後は紹介物件の受託やその他設計の手伝いが出来ない旨を伝えることであった。
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